それは、ゴールではなく"スタート"であるということ。

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仏教の悟りのプロセスを表したものに、十牛図というものがあります。

十牛図(じゅうぎゅうず)は、悟りにいたる道筋をを主題とした十枚の絵で表したもの。十牛禅図(じゅうぎゅうぜんず)ともいう。

 (wikipedia より)

僕が
十牛図を知ったときにもっとも響いたのは、十枚目。

 
入鄽垂手(にってんすいしゅ) 

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これを僕なりに意訳すると、【 悟りを持ち帰って、もといた場所で広げなさい。 】
ということになります。
 
 
『なるほどー!』と感じました。

目覚めや悟りはゴールではなく、
本当はその得た感覚や感受したものを
この世界でどう活かすかというスタートに立ったのだな・・・
と感じたのです。
 
 
悟るためになにかに取り組んでいるときは
『 悟りはゴール 』『 目醒めはゴール 』かもしれません。
 
 
  
その悟りを、この世界でどう表現するかこそが
魂が悦ぶことではないのか?じゃあ、それってなんだろう?
ということを意識しはじめたのです。
 
 
それがいまの"インスピレーションを表現する"というテーマにおける
活動の中心にあります。
 
 
 
実は、女性性・男性性についてもおなじ感覚があります。 
『性の目覚め』『女性性・男性性の開放』という表現があります。

それらを伝えることをミッションにしている方であるならともかくとして
ほとんどの方にとっては、それは人生の一部では無いのでしょうか?
 
 
 
例えば、性の感覚(=生命の感覚)を抑圧して生きていたり、
うまく表現できていない状態は、悩みのもとになります。
 
 
性とは、僕らのなかにある根源的なものだから。
 
 
ライフ・デザイン・メソッド®でも中心に扱っている
テーマのひとつではあります。
 
 
でも、それはあくまでも "本来の自分に還る"ためのひとつの要素です。
 
 
『イキモノとして、当たり前の感覚』を掴んだら、
その本来の感覚をもっている僕らが
この世界で、なにを表現したいのかが大切なのだと思います。
  
  
その表現したいことが、"性の解放"であるのであれば
それを活動の軸に置くことは魂の悦ぶ感覚を得られます。
 
 
何より、それが純粋に『表現したい!』というテーマであるのであれば
そこから出る表現は、豊かな表現となります。

また、多くの方が話を聞きにきてなにか響くことでしょう。
 
 
つまり、本来のあるべき姿に還ることは大切なことではあります。
でも、それをひとりの人間としてどう活かすのかが大切なのでは無いでしょうか?
 
 
・"ありのまま"になるということでも
・本音でいきるということでも
・性について豊かな感覚になるということも
・目覚めることでも
 

それらはゴールなのではなく、スタートであるということ。
 
  
そうなったあなたが表現したいこと。
あなたという存在を使って表現したいこと。
 
 
それこそが『あなたを生きる』ことのスタートであるということ。
 
そこからはこの世界は "何かに取り組む世界" ではなく
"自由にあそぶ世界" になることでしょう。





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