僕らが、"それ" をストレートに発すれば発するほど、受け手の魂に共鳴して響くのです。

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僕は、いわゆる『 綺麗ごと 』を発するのが大好きな人間です。

同時に発しながらも、それを疑ってしまう自分もいたりもします(笑)
 
 
『 嘘くせー。 』
『 馬鹿にされたらどうしよう。 』
 
 
などなど・・
 
 
 
その " キレイゴト恥ずかしい " という感覚を辿るとね
その奥にこんな思い込みがあることに気づきます。



『 自分にはそれをいう資格はない 』
『 自分は、そんなに美しくなんかない! 』
『 自分は、ピーーー―ピーーー―とか、最悪なことやってる人間だし! 』
『 自分は、本音では薄汚い人間だし 』
『 あんなこと、裏ではやっちゃってるしーーーーーーー。 』


僕らは、自分で言っている言葉と、行動の一貫性が欲しいのです。
誰よりも、本音でなにを感じ、考えているか知っているのです。
 
 
でも、そんな一貫性のない自分や、醜いと感じる自分も
まとめてぜんぶ認められると、綺麗事の本質に気づきます。



綺麗事とは、僕らの深い部分が知っている真理です。

なぜ、『 綺麗 』と感じるのかというと、
どこかでそれを真理だと知っているのです。
 
 
少なくとも、知覚範囲内だということです。

そして、『 自分なんて・・ 』と疑っている自分が、
強くそれを否定したくなるのです。恥ずかしくなるのです。


誰かにそれを否定される前に、さきに僕らは自分で
否定したくなってしまうのです。
 
 
綺麗事を目の当たりにして、恥ずかしいと感じるのは
僕らが持っている罪悪感です。
 
 
実は、『 綺麗事、言っちゃった 』と感じているときに
僕らは、自分のもつ罪悪感と触れることになるのです。
 
 
それを発している僕らと、それを否定したい僕らがせめぎ合うのです。

それを超えて、僕らが感じている "真理" を
素直に表現できるようになると、
僕らのメッセージは多くの人に響くメッセージとなります。
 
 
だから、多くの影響力を与えるリーダーの言葉は
" 内側から " 響くのです。
 
 
だから理屈とか、理由とか、一貫性とか気にせず、
恥ずかしさとか、そんなものはもうゴミ箱に投げ捨てて
感じている美しさをそのまま表現しているとき、
  
 
僕らが、"それ" をストレートに発すれば発するほど、
受け手の魂に、深く共鳴して響くのです。
 

 
■参考:『 綺麗ごと、大好きです 』
⇒ http://www.lifedesignmethod.jp/blog/2014/03/post-173.php 
 
 

 
 





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